TOKIOと新しい道へ
あの衝撃の事件から私のトキヲタ活動は時を止めてしまいました。
トキヲタ活動は元より、立って息をしていることすらしんどくて生きてることが不思議でした。
唯一仕事してるときだけは忙しくて忘れてたけど、仕事以外の時間は本当に辛かった。
だからせっかくのGWも仕事休みだったのに生きた心地もせずに過ごしていました。
そんなGWの最終日、あのメールが届きました。
5月6日(日)
『TOKIOと歩いた14年』という記事をアップしてから数時間後、FCからまさかのメールが届きました。
彼の契約解除というお知らせ。
FCのページに飛び、全文を読みました。
リーダーが社長と面会し、彼の申し出を受け入れるということを話し合ったと。
これからは今あるグループの仕事は四人で活動していくということ。
スマホの画面を見たまま泣いたのはこれで何度目かわかりません。
そしてもう二度と彼には会えないんじゃないかと思い、また泣きました。
4月25日からの12日間は長かったようで、でも決断するには短すぎると思いました。
TOKIOならもう少し時間かけて決めるのではないかと。
でも、長引かせれば報道も長引くだけで、被害者にもメンバーにも良くないこととはわかってました。
だからこの日、私もこのメールを見てある決断をしました。
2018年5月6日は私にとってのトキヲタとして、達也担としての命日だと。
そう決断しました。
じゃあ四人として新たに出発するTOKIOのファンを辞めるのか?
5月7日から四人のTOKIOのトキヲタとして再出発すると決めました。
14年もTOKIOを追いかけてきました。
推しはいなくなってしまったけど、他のメンバーも変わりなく大好きです。
これからは誰担当とか誰推しとかじゃなくて、TOKIOの箱推しでトキヲタしていきたいと思いました。
5月13日(日)
鉄腕DASHの放送を見て、ボロ泣きしました。
当たり前だけど、彼の姿はどこにも映ってなくて。福島の皆さんや木村先生にもご迷惑とご心配をおかけしてる姿を見て、人との信頼は一瞬で崩れるんだなと思いました。
放送終了後、もうDASHでも過去の映像すら彼の姿をみることは出来ないんだなと思い、今までで一番声をあげて泣きました。
泣くのは本当にこれで最後にすると決めたので、この日を最後に泣いてません。
たった12日間で本当に色々あり、私の達也担は5月6日で終了しました。
けど、これからがトキヲタとして新たなスタートだと思ってます。
トキヲタ15年目に向けて四人が頑張る姿をこれからも応援していきたいと思います。
最後に…
時々職場の方から「被害届を出した子に怒りを感じないか?」と聞かれます。
確かに被害届を出されたことで彼は契約解除という道を歩むことになりました。
私達ファンの前からも姿を消しました。
けど、怒りとかムカつくとかそういう気持ちは全くありません。
むしろ彼が病気だったって知った方のがショックでした。
だからしっかり治療を受けられる環境を作ってくれるきっかけになったので、被害者の方には本当に躊躇わず被害届を出してくれてありがとうという気持ちです。
ですが、被害者の方は本当に怖い思いをしたと思うので、周りは騒がずゆっくり過ごして欲しいと思います。
そして、トキヲタとして四人のTOKIOを応援していくと決めましたが、契約解除になった彼はもう応援しないのか?
答え…わからない
14年も彼のファンでした。
けど、先日の記事でも書いたように、私は『法を犯さず、健康でいてくれればプライベートには興味ない』ってスタンスなので、やはり法を犯し、健康管理も出来てなかった彼を純粋に応援することは難しいです。
ですが、彼がこれからしっかりと治療に専念してくれればいいなぁとは思ってます。
法を犯してしまいましたが、もう社会的制裁は十分に受けているので、あとは治療、そして健康を取り戻すこと。
人として最低限の生活を送れるようになって、元気になって欲しいので、その点については応援していきたいと思ってます。
正直、どっちつかずの発言になってるのは自分でもわかってます。
けど、そうなってしまうのは紛れもなく彼の純粋なファンだったからだと思います。
この複雑な心境をわかってくれとは言いませんが、達也担だった私の心境はこんな感じです。
これからも四人が矢面に立たされることもあるかもしれませんが、トキヲタとして自分が応援出来ることは精一杯応援していきたいと思ってます。